杉並区成田東にある建設会社、日本住宅建設です。

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 株式会社日本住宅建設

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第一回 昭和ノスタルジー「Oh! モーレツ!」

October 7, 2019

 

 

新年号「令和」になり、ますます昭和が遠くになってしまいましたが、昭和あれこれエッセイで良き日の日本を懐かしく感じていただければ、と連載を始めます。

 

 第一回目は、一九七〇年代(昭和四五年~)。

 

 この頃、日本は高度成長まっただ中。丸善ガソリンのCMで流行した「Oh! モーレツ!」のごとき経済は活性化して、人々の生活も華やいでいました。

 一九七〇年、三月、大阪万博が開催。連日テレビで放映される万博のハイレベルな建物と展示、シンボル「太陽の塔」に、当時中学生だった私は感動すると共に、(こんなすごい博覧会を開催しちゃうなんて!)と日本人として誇らしい気持ちでした。

 しかし、そんなモーレツ日本国に激震が次々と走ります。

 まず、赤軍派による「よど号ハイジャック事件」と「三島由紀夫切腹事件」。能天気な中学生でさえ、大変なことが起きた! と心震えました。

 翌七一年には、ニクソン宣言からの「ドルショック」。ドルは永遠に三六〇円で舶来品は最高級品だと思い込んでいた私は、アメリカの価値まで下がった気」がしたものです。

 さらに翌年、「あさま山荘事件」が起きました。雪の中の放水や、鉄球で山荘に穴をあけるなど、壮絶な映像が今も目に焼付いています。寒い中、自衛隊の人たちが、湯気の立ったカップラーメンを食べている場面では、不謹慎にも、カップラーメンなるものに激しく憧れた思い出もあります。

 暗いニュースが続く中、日本中を一気に笑顔にさせたのは、「ランラン、カンカン来日」です。日中国交が回復した証しのプレゼントは、パンダブームを巻き起こし、パンダ二世の誕生を日本中で願いました。

 その影響もあったのか、七二年の出生率は二四年来最高となり、戦後第二のベビーブーム。当時の歌は、「結婚しようよ」「瀬戸の花嫁」「一人じゃないの」など、結婚に関する曲が大ヒットしました。

 七二年、忘れてはいけない出来事に「沖縄返還」があります。それまでの沖縄への旅は、パスポートが必要だったなんて! 今考えれば、びっくりです。

 返還の年に、横井庄一軍曹が二八年ぶりにグアム島のジャングルから帰還しました。「恥ずかしながら帰ってまいりました」という言葉が流行語となりました。

 テストの点数が悪い時は、「恥ずかしながら」と言いながら答案を家人に見せると吹き出して叱られない、という法則を会得。とんだ悪知恵を働かせたものです、横井さん、ごめんなさい。

 「歩行者天国」が始まったのも、この頃から。

 故郷仙台のメイン通り一番丁も、休日には歩行者天国で賑わいました。

 ある日曜日。歩行者天国で、片思いの君を見つけました。遠くても、恋する人の姿はすぐわかります。なんと、女の子と歩いています。よく見ると、彼と手を繋いでいたのは、私と同じ部活の友達!

「おっす!」

 明るく二人で手を振ってきます。二人の首には、ペアのマフラーが巻かれていました。

 玉砕。小学五年生からずっと好きだったのに。

「おっす!」

 笑って手を振りかえしました。

(Оh! モーレツ!)と、心の中で叫んでいました。

 すれ違ったあと、歩行者天国をひたすら歩きました。

 人混みは優しい。誰もが、止まらない涙に知らんぷりしてくれていたから。

            

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